外科治療において「MIS(Minimally Invasive Surgery=低侵襲手術)」という言葉をよく耳にしますが、脊椎手術におけるMISとはどのようなものなのでしょうか。今回は、脊椎手術が年間約 800例で、そのうちMISはおよそ6割という富山県高岡市にある高岡整志会病院 診療部長の中野 恵介先生にお話を伺いました。
脊椎手術におけるMISとは
MISの条件
1. 病巣周辺の組織のダメージが最小限
2. 術後の痛みが少ない
3. 結果が従来法に劣らない
4. 従来法より合併症が多くない
5. 早期離床、早期退院、早期社会復帰ができる
6. 費用対効果が高い
7. 小さな傷で正確な手術
脊椎以外の手術と同じですが、私は7つの条件があると思います。
1つ目は、手術では悪いところ(病巣)まで切開していくわけですが、そのときに周辺にある組織(筋肉や血管、あるいは骨の一部)のダメージを最小に抑えることです。
2つ目は、術後の痛みが少ないこと。
3つ目は、手術の結果が従来法より劣ってはならないということです。結果は従来法よりも良いか、少なくとも同じということです。
4つ目は、MISだからといって手術中の合併症が多くなってはならないことです。MISは従来の手術に比べると技術的に難しくなります。しかし、それで合併症が起こるようであればMISの価値はまったくなくなってしまうのです。
5つ目は、早期離床、早期退院、早期社会復帰が得られるものでなければならないこと。
6つ目は、費用対効果、つまりコストパフォーマンスが劣るものであってはならないことです。身体だけでなく、患者さんの社会的背景や経済的背景など、 すべてに対して侵襲が少ないことが重要です。入院期間が短く早期に社会復帰することで、患者さんの経済的な損失が少なくなります。
7つ目は、傷が小さくて、その上すべてのことができていなければならないということです。MISは最小侵襲といいますが、決して傷が小さいことを意味 するものではありません。患者さんは体の中でどのような処置がされたかわからないわけですから、「傷あとがきれい」だとか「大きい」とか「小さい」とかで しか評価することができないのも事実です。しかし、傷が小さくても、中で合併症をおこせばそれはMISとはいえないのです。一番大事なことは、「病巣に到 達するアプローチで周辺の組織を傷つけないための、必要最小限の皮膚切開にすること」だと考えています。
MIS手術の実際
疾患別に例を挙げると、腰椎椎間板ヘルニアであれば、従来の切開する手術に比べて少し小さめの顕微鏡手術もある意味MISですし、最近広がっている内 視鏡手術もMISです。なお、椎間板ヘルニアに対して当院では顕微鏡手術と内視鏡手術の両方の手術を行っています。また、腰部脊柱管狭窄症に対しても、椎 間板ヘルニアに対する内視鏡の技術を応用して内視鏡手術をしています。また、頚椎症性神経根症・頚椎症性脊髄症にも一部(病巣の範囲が狭い場合)ですが内 視鏡を使って手術をしています。
脊椎固定術も同様です。当院では内視鏡を用いたTLIF(片側進入両側除圧固定術または経椎間孔進入による椎体間固定術)を おこなっていますが、その場合は3㎝くらいの皮膚切開で行います。従来であれば20㎝くらい切っていましたが、現在当院では3㎝くらいの傷で、チューブを 病巣に入れ、その中で神経の圧迫があればそれを取り除いて、さらに骨と骨の固定もおこないます。固定時に骨にスクリューを入れるときは、チューブを抜い て、レントゲン撮影をしながら皮膚の上から挿入します。
効果(従来法との比較)
腰の手術、特に椎間板ヘルニアなどでは、従来法よりも入院期間が10日間短縮できます。また、頚の手術では3週間くらい短縮できます。したがって、入 院期間が短縮した分、医療費が削減されて患者さんの医療費負担も減ることになります。また、早期離床・早期退院ということでも、経済的に負担が少なくなり ます。
手術後の安静期間については、20年前は術後3日間、10年前は手術の翌日まで、最近は手術後6時間で起きることが可能になっています。ようするに 「痛みが少ないので早く起きることができ、早く動けるようになるので早く退院できる」ということです。今の社会情勢を考えると長期間入院できない方も大勢 いらっしゃると思います。ですからそのような意味でもより侵襲が少ないといえます。
また、出血量はまったく違います。固定術の場合は従来法の1/3以下ですみますし、輸血する症例はありません。
手術時間については従来法と変わりません。医師が習熟するまでは、やはり従来法よりも時間がかかりますが、熟練の医師であれば従来法と同じ時間でおこなうことができます。
合併症も従来法と同じで、固定術の場合などは硬膜を傷つけてしまう場合があります。MISは技術的には従来法よりも難しいので、習熟した医師がおこな わないと合併症の確率が高くなる可能性がありますが、十分に熟練すると合併症が起こる確率は、従来法とまったく差がありません。
ちなみに、医師がこの手術法に習熟するまでには、症例数でいえば、内視鏡でヘルニアの手術が上手になるまで30例、脊柱管狭窄症まで上手になるには 100例、頚の手術を内視鏡でおこなうには300例くらいの経験が必要と考えます。ですから、年間100例の手術をおこなったとしても、腰をマスターする のに2年、頚までマスターするには3年はかかることになります。
適応
全身状態に問題がなければ、若い人から80歳代のお年寄りまで手術の適応となります。体型は太っていても痩せていても関係ありません。
疾患であればヘルニア、脊柱管狭窄症、すべり症などで、当院では今のところ2椎間の病変までが適応です。また、何回も手術をして良くならなかった人の固定も適応になります。
今後の展望と課題
今のような時代ですと、医療費削減であるとか、患者さんの経済的負担を軽くするという意味で、今後さらに発展し普及することが望まれる分野だと思いま す。当院でも、今後は、変性側弯症、脊柱管外狭窄症、また、3椎間以上の固定にも応用できればと考えています。
課題としては、技術的に未熟な医師がおこなうと合併症が多いことと、指導できる医師が少ないこと、教育に適した設備が整っている施設が少ないことなどがあげられます。
従来法でも術者の技量によって手術成績が左右されることがありますが、従来法の場合は指導できる医師が大勢います。ところが内視鏡の手術にしても MISの固定術にしても、教育的な指導をできる医師が少ないのが現状です。MISでTLIFができるようになるには、例えば、内視鏡の技術がなければなら ないとか、腰椎の横から入るアプローチ、腰椎の外側の腰椎椎間板ヘルニアとか外側の狭窄症に対するアプローチの技術を持っていることが条件になります。さ らに、合併症を少なくするためには技術を磨かなくてはいけません。
技術を磨くための良い指導者がいること、良い施設があること、このような医師のトレーニングシステムの充実がもっとも重要な課題といえます。
http://www.takaoka-seishikai.jp/