手術の説明の際、“先生!手術をすれば完全に治りますね?”と患者様からよく質問されます。
私はたいていの場合“今よりずっとよくなると思いますよ。でも完全ではないんですよ”と答えます。心の中では完全に治って頂きたいと思いつつ、脊椎・脊髄の手術の特殊性について患者様へ次のように説明を加え、理解して頂くようにしています。
脊椎(骨)・脊髄(神経)の手術は、患者様の症状と診察や画像所見より、神経を圧迫している椎間板(ヘルニア)、骨、靭帯や腫瘍などを除去し、場合によっては脊椎の安定化(固定)を行ない、神経がストレスなく機能できる環境を獲得するものです。つまり、手術は神経そのものを治療するものではなく、神経機能の回復を助ける目的で行ないます。
従って、もし神経そのものがすでに完全に機能を失っている場合は、手術をしても改善は望めません。 その一方で、一部の機能が障害されている場合は、手術により機能回復が見込まれます。
手術によって症状がどの程度回復するかは、圧迫を取り除いた神経がどれだけ回復したかによって異なり、年齢、圧迫の程度、圧迫されていた期間が関与しています。手術年齢が若いほど、神経の圧迫が軽いほど、症状が発現してから手術を受けるまでの期間が短いほど神経は良い回復を示します。
術前の程度にもよりますが、私の経験では、平均約7割の症状が改善します。もちろん全ての症状が改善し消失する場合もあります。長期罹患例でもあきらめる必要はなく、私の経験では2年間全く歩くことができなかった患者様が頚椎手術の後、杖でお買い物ができるまで回復した例もありました。
痛み(神経痛)は手術後速やかに軽減しますが、しびれは改善しにくい症状で、若干症状が残る人の方が多いようです。神経症状は手術を契機に大幅な改善を認めた後は、月単位でゆるやかに回復し、手術後約1年までは何らかの改善がみられます。
現在では安全に安心して脊椎・脊髄の手術を受けていただく事が可能となりました。脊椎・脊髄は専門性の極めて高い領域でありますが、脊椎・脊髄専門医のもとであれば、“車いすまで覚悟をして手術を…”と怖がる必要はありません。神経の高度障害例では、手術後に症状が増悪することも考えられますが、通常行なわれる手術では車いすの心配は不要です。
大切なのは、手術を受ける患者様が自分の状態がどのくらいの状態で(重症度)、手術によりどれくらいの改善が見込まれ(改善度)、危険性はどれくらいあるか(危険度)ということを主治医からよく説明を受けることです。
私のみならず脊椎・脊髄医は自分や施設の経験や医学的観点に基づき話をいたします。その際、わからない点や疑問点が残らぬように十分理解することが重要です。満足のできる医療は,患者・医師間の良好な信頼関係より始まります。遠慮なく主治医に“先生!手術をすれば完全に治りますね?”とおたずね下さい。