今回は、神経筋原性側弯症(しんけいきんげんせいそくわんしょう)を中心に、手術が必要になるこどもの脊柱変形について、神戸市にある独立行政法人国立病院機構 神戸医療センター 院長の宇野 耕吉(こうき)先生にお話をうかがいます。宇野先生はこれまでに3,000例を超える脊柱変形手術の経験をもち、現在も年間約150例の側弯症手術を行う脊柱変形治療のスペシャリストです。
こどもの側弯症を引き起こす病気
こどもの側弯症のおよそ7-8割は特発性(=原因がわからない)側弯症です。この特発性側弯症については、最近の研究で原因とされる遺伝子がいくつか見つかっていますが、それでも発症の5-6%しか説明がつかず、遺伝子以外の様々な要因が関与する多因子遺伝子病といわれています。肥満や高血圧、がんなども多因子遺伝子病であることから、それほど強い遺伝関係はないということが理解できると思います。
側弯の原因がわかっているものには、先天性側弯症といって生まれつき背骨が変形していて、それが原因で背骨が曲がるものがあります。赤ちゃんのときに側弯があると「先天性側弯」と診断されることがありますが、背骨の形に異常がなければ先天性側弯症ではなく、乳幼児期の特発性側弯症という診断になります。
このほかに側弯になりやすい病気というものがあり、その代表的なものが脳性まひや脊髄性筋委縮症、二分脊椎などの神経の病気と、筋ジストロフィーなどの筋肉の病気です。これら神経や筋肉の病気があるお子さんは、かなり高い確率で側弯になります。これが神経筋原性側弯症です。
神経筋原性側弯症のほかに側弯になる頻度が高い病気として、神経線維腫症Ⅰ型(レックリングハウゼン病)やマルファン症候群などがあります。また、ホルモンの異常で成長がうまくいかない小人症でも側弯を合併しやすいといわれています。
神経筋原性側弯症
神経筋原性側弯症は、保存的な治療の効果が得られにくく、お子さんの成長が終わった後も進行し続けて高度な側弯症になるのが特徴です。
「側弯症を何も治療せずに放置していたらどうなるのか」という側弯症の長期自然経過を見た報告が20世紀後半に北欧からありました。その報告によると、思春期以降に発症した側弯症の寿命は健常者と変わらないのですが、幼児期や学童期に発症した側弯や神経筋肉の病気が原因で発症した側弯は寿命に影響するとあります。何も治療せずに放置して自然経過を見るという研究は、倫理的に問題があり、21世紀の現代では行うことは不可能なので、全世界の側弯症の専門家が今でもこの報告をよりどころにして治療を行っています。
高度に進行した側弯症の一番の問題は、肺などの呼吸器への影響です。思春期以降に出てくる側弯症ではそれほど影響がないのですが、小児の側弯症に関しては、幼少期に進行し過ぎると肺の成長が阻害され呼吸器への影響が出てくるといわれていて、これが寿命に影響をおよぼすとされています。
診断の課題
側弯症の診断はレントゲン(エックス線)検査で簡単にできますが、外見からはなかなか気づかれないことがあります。神経筋原性側弯症など基礎疾患があるお子さんは、もともとの病気で小児科ないし療育担当の医師が経過を診ていていることがほとんどですが、気づいたら背骨の曲がりが大きくなっていて、そこで側弯症の専門医に紹介されるということも多いです。側弯症になりやすい病気の特徴を理解して早めに専門医に紹介いただくことと、生まれた時にすでに側弯を伴っているということであれば、早いうちから専門医の診療を受けるのが理想的と思います。
専門医が診療にあたらないと、正確な病状の進行を診断できない場合がありますし、側弯と診断されても「痛みなどの症状がなければ治療しなくてもよい」という誤った認識でそのまま放置されてしまうこともあります。これも診断における課題といえるでしょう。
小児側弯症治療の考え方と手術のタイミング
おとなの整形外科疾患では、患者さんに何らかの症状があり、それが日常生活や仕事に支障をきたしてから治療を開始するのが一般的です。しかし、小児整形外科では、変形などがあっても痛みや神経症状がないことがほとんどです。現時点で患者さんは困っていないけれど放っておいたら手遅れになるので、今のうちに治療をしておきましょう、という考え方で治療を進めていきます。
例えば、乳児検診の対象となっている先天性股関節脱臼という生まれつき股関節が脱臼している病気があります。若いうちは痛みもなく、歩き方がおかしい(歩容異常といいます)なりに歩くこともできますが、放っておくと股関節が破壊され、強い痛みが出てきます。股関節が破壊されてしまうと手術しても元通りにはなりません。したがって、検診などで股関節の脱臼が明らかになった時点で、たとえ患者さんが無症状でも脱臼を整復する治療を開始するということになります。
側弯症も同じで、特に神経筋原性側弯症は高度に進行していくことがわかっていますので、たとえ症状がなくても、治療のタイミングというのは非常に重要になります。
側弯症の手術では、曲がった背骨を矯正して、それを維持するために骨で固定します。ですので、背骨の曲がりが大きいほど手術も大掛かりになり、リスクも大きくなります。たとえば、背骨の中には脊髄(神経)が通っていますので、背骨の変形を大きく矯正することで脊髄に負担がかかり、麻痺を起こす可能性もゼロではありません。
また、曲がりが大きいと固定する範囲も広くなり、背骨を構成する胸椎12個、腰椎5個すべてを固定しなければならないこともあります。曲がりが軽ければ6-7個の固定で済むところが、このように大掛かりな手術になってしまうのです。手術時間も長くなり、出血量も多くなります。
手術では金属のネジ(スクリュー)や棒(ロッド)、つまり異物を背骨に挿入するため、他の手術よりも感染しやすいとされています。さらに、神経筋原性側弯症など基礎疾患があるお子さんは抵抗力が非常に弱く、特発性側弯症と比べると術後に感染を起こすリスクが高くなります。これは手術の一番の問題点で、時に生命にかかわることもあります。そのような意味でも、背骨の曲がりが大きくなる前に専門医を受診いただくことが重要といえます。
手術の適応となる状態
背骨の曲がりの程度で手術の適応を判断します。歩いているお子さんであれば45度前後から手術を考えることになっています。神経筋原性側弯症では重度障害で車椅子のお子さんが多いのですが、同じように45-50度くらいの軽い曲がりのうちに手術をするのが理想的です。しかし、障害を抱えたお子さんに、このような大がかりな手術をすることを躊躇される親御さんも多いので、車椅子のお子さんの場合は80度ぐらいになったら手術を勧めるようにしています。これは医師によって判断が異なると思います。
このように、基本的には背骨の曲がりの角度で判断しますが、同時に車椅子で骨盤が傾いてくるような場合も手術の適応となります。骨盤が傾くと座っていても上体が傾いてしまい、片方の手が塞がれてしまいます。筋ジストロフィーなど上肢の自由がきくかたにとっては、自身で使える機能が落ちてしまうことになります。このように座っているときのバランスも考慮しながら手術適応を考えています。
側弯症を治療する目的は、1番に呼吸器の負担の軽減、2番目は痛みの予防、3番目は側弯の進行を止めることです。そして、車椅子のお子さんに関してはさらに座位バランスを安定させて、手を使いやすくするなど、日常生活を改善することを目的にする場合もあります。また、介助者の負担の軽減にもつながります。
なお、体重が15Kgに満たないお子さんや、心臓や肺の機能が手術に耐えられないような場合は、手術を強くお勧めはしていません。
手術の実際
右の写真1は脊髄性筋萎縮症の患者さんのレントゲン写真です。左側の肺がかなり圧迫されていますし、骨盤も歪んでいます。術後(写真2)は、側弯が矯正され骨盤のゆがみも改善し、肺も明らかに広がっています。
側弯症の手術では、背骨に金属のネジを入れて矯正しますが、金属だけで矯正を維持しようとしても背骨の動きは残っているので、このままではネジがゆるんだり動いたりしてしまいます。そこで、矯正をしたあとで背骨を骨で固めること(固定)をします。
背骨の固定については、ある程度成長が進んでいるお子さんであれば問題ないのですが、例えば10歳未満のお子さんに固定をしてしまうと、骨格の成長がなくなってしまいます。それはまた呼吸器に影響をおよぼすため、骨格の成長を保ちながら曲がりをコントロールするという、さらに難しい治療になってきます。
手術時間は、曲がりの程度によりますが、8-10時間ぐらいかかり、出血量も2-3,000mlになることもあります。最近では側弯症の専門家が2-3人で左右から同時に手術するという試みが行われており、その場合手術時間も、出血量も半分くらいで行うことが可能になりました。
手術中の出血に対しては、手術前にご本人の血液(自己血)を貯めること、また、手術中に出た血液を回収・洗浄して戻すこと、それでも足りない場合に日本赤十字社の血液を使用します。体重が25㎏に満たないお子さん場合は、自己血の貯血は難しく、術中の回収のみになることもあります。
手術後は集中治療室で全身状態をしっかり管理します。特に障害のある小児の側弯症は、いろいろな基礎疾患や並存症がありますので、整形外科以外の診療科の助けが必要になり、診療科の垣根を超えたチーム医療が理想的です。しかし側弯症専門医の中でも、障害児の側弯症治療を積極的に行っている医師はごくわずかで、かつそれらの医師が在籍する病院でチーム医療が行われている病院は、一部の小児の専門(こども病院など)病院や大学病院のみというのが現状です。これは今の日本の障害者医療の一番の問題点です。
手術の効果
小児の側弯症治療は予防的な治療といいましたが、障害のあるお子さんの側弯症手術の場合は、明らかに症状改善効果があります。例えば、座りが安定すると食事が飲み込みやすくなって誤嚥が減り、呼吸機能がよくなることがあります。また、風邪をひかなくなったとか、風邪をこじらせて肺炎で年に1-2回入院していたお子さんが、肺炎を起こさくなったということもあります。さらに、食欲が出てきたとか、便通がよくなったなど、目に見えてよい効果があります。
また、介護者の負担がかなり減るという報告もされていて、親御さんの感想としては手術を受けてよかったという人が大半を占めています。
障害のあるお子さんにこのような大がかりな手術をすることに異議を唱える医師もいますが、手術後にお子さんの状態が明らかによくなるのを目の当たりにして、手術に前向きになり、手術後の管理を含めて協力してくれる医師も増えているようです。このような整形外科以外の医師の理解が、特に障害のあるお子さんの側弯症治療には非常に重要と考えています。
おわりに ~ご家族のかたへ~
現在の医学では、背骨の変形の矯正と維持ができるのは手術しかありません。確かに大手術ですが、医療技術の進歩により、手術法や治療成績は格段に向上しており、時期を失しなければ、命がけで受けるような手術ではなくなってきています。
神経筋原性側弯症は進行する病気です。治療のタイミングを逃さないためにも、背骨の曲がりが小さいうちから側弯症の専門医に診てもらうことが大切です。
ご家族がお子さんの背中の変化に気付いて、ご自身で側弯症の専門医を探される場合には、日本側彎症学会のホームページを利用されるとよいでしょう。そこで各地域の側弯症の専門医を見つけることができます。神経筋原性側弯症の治療など、より専門性の高い医師の情報は、ホームページ内の「日本側彎症学会について」→「理事、評議員名簿」が参考になると思います。
協力:
独立行政法人国立病院機構 神戸医療センター
院長 宇野 耕吉 先生